消費者主権の経営理念の基に全国展開を始め、そして一九七二年には古い伝統とのれんのもとに営んできた百貨店三越を抜いてトップに踊り出た。だが、それから二八年後に再び新興勢力であるコンビニであるセブンイレブンにトップの座を譲らなければならなくなった。それはファッションも同じだ。あまりにも早い消費市場の変化に対応することのできない企業は消え去り、変わって新しいタイプの企業が姿を現わして来る。それはいつまでも古い体質の百貨店にしがみついているアパレルを追越して次の時代に向って足り続けるマラソンランナーにも似ている。そのしがらみから脱し切れない多くのアパレルは先の見えない暗やみをさまよい続けている。それはいまにも沈没しそうな船に例えることもできる。では、それら企業は再び復元して走り出すことができるのか。踊り場にいる企業は一進一退を繰り返しながら一〇年いや二〇年を過ぎようとするファッション企業はたくさんある。この閉塞状態から脱出した一握りの企業もある。しかしいまがよくても方向を見失ったら座礁する。それは消費者志向のマーケティングに徹することを忘れたときである。真に商人としての基本を忠実に行ってきた経営者だけが生き残っている。ファッションの世界でも同じ、奢り高ぶったデザイナー企業はことごとく消え去っている。とくに感性の求められるファッション業界にあっては、経営者のライフサイクルも短くなっている。
ファッションの面白いところなのであるが、こうして当時のファッショナブルな男性服はカントリー・ジェントルマンの服装を起源としているのに、タウンーウェアとして本物のカントリー・ジェントルマンの装いが出てくると、とたんにバッシングの対象にするのである。ロンドンのクラブでは、カントリー・ウェアのジェントルマンは立ち入り禁止である。タウンでのジェントルマンは、(いくらそれがカントリー・ウェアを起源にしていようとも)あくまでタウンにふさわしく都会的な装いでなければならない。あたりまえといえばあたりまえであるが。現代ファッションのシーンでも「サープラスーリフイン」などといって米軍の放出品をちょいとおしゃれにしたような服が流行したり、カーゴ・パンツ(労働着としての、ポケットがたくさんついた丈夫なパンツ)をはいたスーパーモデルがファッションショーの花道を歩いたり、病院ルックや囚人ルックの若者が原宿を歩いていたりしているが、本物のサープラスや労働着が花道に出てきたらつまみ出されてしまうであろうし、本物の白衣や囚人服を着て街を歩いたら一一〇番通報されてしまうだろう。あくまでも、「起源はぜんぜんおしゃれじゃないが、ちょいと洗練すれば、ほらね、こんなにかっこいい」という風をただよわすところにファッションの命があるわけだ。真正の本物、実物そのもの、オーセンティックであることは、ファッションにおいては「正しい」ことにならない。ファッションとは無縁あるいは対極の世界にオリジンをもち、それがファッション的解釈と加工によってお墨付きを与えられ、オーソリティとなる。不思議なからくりである。
日本の学生服でも分かる通り、紺や黒地へのメタルボタンは、ある種の規律を感じさせ、そこがブレザースタイルのフォーマル性につながるのだ。英国が、その後ブレザーを、テニスやクリケットのクラブ用ジャケットに採用した理由も、ブレザーに感じられる、そういったけじめのようなもので、そのけじめが長い歴史の中で、フォーマル性につながったのだ。イタリアでは、金ぴかが嫌われ、ボタンは地の色と一緒である。彼らは、紺無地、黒無地のジャケットをフォーマルとカジュアルの中間に位置づけている。日本でのブレザースタイルは、戦後アメリカから渡ってきたもので、アメリカのスタイルは英国の模倣で、したがって一時期は金ぴかが流行したが、現在はイタリア物が流行していることもあり、地の色と一緒のボタンが多い。どちらがいいかは好みの問題だが、メタルボタンは、着回しが制限されることは確かである。メタルの光沢が、ネクタイとシャツの選択肢を狭くするためだ。ポケットチーフも、メタルボタンつきには、原則としてあしらわない。